R&Bホテル八王子

〒192-0046 東京都八王子市明神町2-26-9

R&Bホテル八王子
↑JR八王子駅より徒歩約5分、京王八王子駅より徒歩約1分の好立地!

京王八王子駅からすぐ! 機能的な客室・朝食無料がお得!

2007年5月21日OPEN!
R&Bは「お部屋」と「朝食」にこだわった宿泊特化型のホテル。清潔で機能的な客室・あつあつ焼きたてパンの朝食・全室高速インターネット回線

R&Bホテル八王子

R&Bホテル八王子画像1 R&Bホテル八王子画像2 R&Bホテル八王子画像3

八王子プラザホテル

〒192-0046 東京都八王子市明神町4−6−12

八王子プラザホテル
↑施設の外観


交通手段:私鉄京王線京王八王子駅〜徒歩(約1分)
値段:6300~10290円

八王子プラザホテル

八王子プラザホテル画像1 八王子プラザホテル画像2 八王子プラザホテル画像3

シーズイン八王子

〒192-0073 東京都八王子市寺町43−2

シーズイン八王子
↑施設の外観


交通手段:JR中央線八王子駅北口出口→徒歩約5分
値段:5775~6300円

シーズイン八王子

シーズイン八王子画像1 シーズイン八王子画像2 シーズイン八王子画像3

八王子スカイホテル

〒192-0071 東京都八王子市八日町2−3

八王子スカイホテル
↑施設の外観


交通手段:JR中央線八王子駅北口出口→徒歩約8分
値段:6300~6300円

八王子スカイホテル

八王子スカイホテル画像1 八王子スカイホテル画像2 八王子スカイホテル画像3

三恵シティホテル八王子

〒192-0073 東京都八王子市寺町60−1

三恵シティホテル八王子
↑施設の外観


交通手段:JR八王子駅北口出口→徒歩約5分
値段:5250~6090円

三恵シティホテル八王子

三恵シティホテル八王子画像1 三恵シティホテル八王子画像2 三恵シティホテル八王子画像3

サルビアホテル防府

〒747-0037 山口県防府市八王子1−29−20

サルビアホテル防府
↑施設の外観


交通手段:JR山陽本線新山口駅〜JR山陽本線新山口駅乗車(約15分)防府駅下車〜徒歩(約8分)またはタクシー
値段:5880~13440円

サルビアホテル防府

サルビアホテル防府画像1 サルビアホテル防府画像2 サルビアホテル防府画像3

京王プラザホテル八王子

〒192-0083 東京都八王子市旭町14−1

京王プラザホテル八王子
↑施設の外観


交通手段:JR中央線八王子駅北口出口→徒歩約1分
値段:7375~25725円

京王プラザホテル八王子

京王プラザホテル八王子画像1 京王プラザホテル八王子画像2 京王プラザホテル八王子画像3

マロウドイン八王子

〒192-0084 東京都八王子市三崎町6−11

マロウドイン八王子
↑施設の外観


交通手段:JR中央線八王子駅北出口→徒歩約3分
値段:6247~10710円

マロウドイン八王子

マロウドイン八王子画像1 マロウドイン八王子画像2 マロウドイン八王子画像3

八王子旅行記

江戸東京紀行(日光の火之番、八王子千人同心!とことん東照宮の巻)(by 一歩人さん)

八王子
日光東照宮にお参りして、最初に、目を引くのが、この「日光火之番八王子千人同心顕彰之燈」です。

遠く八王子から、交代でその任につき、父子あい伝えて、明治元年(1868年)まで
実に二百十余年に及びました。

その間、寒暑を問わず、日夜警備につとめましたが、特に、貞享元年(1684年)の大延焼や、
文化二年(1812年)の大楽院炎上などの際には、日光奉行に協力し、身を挺してよく守りぬ
きました。とあります。

というわけで、数々の見所はありますが、どうしても、八王子千人同心を忘れずにはおけず、
ご案内する次第。但し、日光東照宮の写真は、これだけ、例によって、終始、江戸博へGO!GO!
これって、とことん江戸博じゃないかしら?ごめんなさい。

【旅行時期】2004/10/25~2004/10/25
【エリア】日光駅周辺・東照宮
【テーマ】歴史・文化・芸術
【投稿者】一歩人

イベント出張のついでに実家へ帰省(by Rossweisse・旅人・豊泉さん)

八王子
イベント出展の為に東京入りすることに。
前後の日が休みなので、実家へ。
そんでもって、せっかくだから……と車で帰省しました。

新大阪→東京→立川方面、その先へと考えたら、
実は車の方が安かったり、楽だったする(笑)。


行き 502.3km、1万850円
豊中[名神] -> 小牧[名神] -> 小牧JCT[東名] -> 大月JCT[中央] -> 八王子JCT[中央(富士吉田線)] -> あきる野[圏央道]

帰り 533.7km、1万2150円
国立府中[中央(均一区間)] -> 高井戸[中央(均一区間)] -> 三宅坂JCT[首都高・新宿] -> 谷町JCT[首都高・都心環状] -> 東京[首都高・渋谷] -> 豊田JCT[東名] -> 四日市JCT[伊勢湾岸自] -> 亀山JCT[東名阪] -> 草津田上[新名神] -> 草津JCT[名神(大津支線)] -> 瀬田東JCT[名神] -> 久御山淀[京滋BP] -> 大山崎[名神(大山崎支線)] -> 吹田JCT[名神] -> 中国豊中・中国池田[中国]

高速日和のドライブコンパスで検索
  • http://kousokubiyori.jp/index.html



  • 【旅行時期】2008/10/10~2008/10/14
    【エリア】福生・武蔵村山
    【テーマ】出張
    【投稿者】Rossweisse・旅人・豊泉

    郡上八幡(by 早島 潮さん)

    八王子
    平成20年10月10日(金)
     宿泊した鷲ケ岳高原ホテルレインボーは郡上市高鷲町のスキー場に隣接して建っていて目の前がゲレンデという立地はスキー愛好者には使い勝手のいいホテルであろう。その洒落た佇まいも面白い。夜と朝と二回低張性弱アルカリ性の温泉を楽しんだ。

     10時に鷲ケ岳高原ホテルレインボーをバスで出発し間もなく郡上市内の郡上八幡博覧館へ到着。「博物館」と「博覧会」の合成語が「博覧館」である。
     ここには「水」「歴史」「郡上踊り」のコーナーがありよく工夫された展示と説明は初めての来訪者には必見の場所である。                              
    この「博覧館」で初めて知ったことは次の通り。       

    *日本の名水百選にも入る程良質の水が湧き出る町であること 
    *釣師垂涎の郡上竿の産地であること 
    *飲食店のショウウインドウを飾る料理見本の産地であること 
    *俳諧の巨匠飯尾宗祇がこの地に滞在したこと 
    *郡上一揆のこと
    *山の内一豊の妻千代が郡上城主の娘として生まれたこと   

     郡上一揆についてウェブで調べると
  • http://www3.ocn.ne.jp/
  • ~gujo/arasuzi.htmlに優れた研究があったのでさわりの箇所だけ引用すると以下の通り。【】内は引用。
               
    【江戸時代宝暦年間、現在の岐阜県にあった郡上(ぐじょう)金森藩では 年貢の税率をあ げとようとしたところ農民の強い反対にあいました。現在の郡上郡白鳥町の農民が中心となり藩に談判しましたが受け付けてもらえません。
    郡上では話にならないと江戸藩邸にまで訴えにいったり 登城途中の老中の駕籠を止め直訴したりしました。しかしそれも功を奏さず、やむなく江戸評定所の 「目安箱」に訴状を入れます。これらの農民たちの死罪覚悟の行為により幕府も田沼意次や大目付により詮議を開始しました。
    その結果、幕府役人・郡上藩役人が罷免されました。もちろん農民には獄門・死罪・遠島の者もでました。藩主は取り潰され、新しい藩主が任命されることになりました。
    江戸時代におきた多くの 一揆の形態 のなかでも藩主だけでなく幕府要人まで裁きが及んだのは郡上の一揆のみです。】                                   

     郡上八幡は大河ドラマ「功名が辻」の山内一豊の妻千代の出生地であるがその身上をウエブで探すと
  • http://www.gujohachiman.com/kanko/
  •  

    に簡潔な説明を見つけた。

    【山内一豊の妻千代は1556年(弘治2年)初代郡上八幡城主遠藤盛数の長女として生まれました。千代が6歳の時に父盛数は病死、その後母の再婚、義父の敗北そして流浪、波乱の人生が はじまります。やがて千代は尾張の山内一豊の許へ嫁ぎます。一豊は織田信長、豊臣秀吉、徳川家康と時の覇者たちに仕え、最後には土佐藩24万石の大名にまでのぼりつめた武将。その影には妻である千代の内助の功があったといわれています。有名なエピソードに一豊が「馬揃え」を目前にひかえて困っていたとき、千代は鏡台から10両をさし出して駿馬を買わせ、それが信長の目にとまって一豊の出世の糸口となった逸話があります。
    「功名が辻」原作者司馬遼太郎氏が日本で一番美しい山城と評した郡上八幡城や城下町を見守るように立つ一豊と千代の銅像が建つ】 

     博覧館で入手した地図を片手に職人町、鍛治屋町、本町の町並みを散策した。宗祇水の流出する箇所では名水を味わい、ペトルポットにも補給した。まろやかな柔らかい舌触りである。 
     吉田川にかかる宮瀬橋からは八幡城を遠望できた。町中を散策中に店の壁に俳句を記した色紙があちらこちらに掲示されているのを目撃して住民達の文化度の高さと小京都と呼ばれる古い町並みを大切に守っていこうとする意気込みを感じることが出来た。蕎麦屋で手打ち蕎麦を味わい集合場所の博覧館へ指定時間までに辿りついた。                                                    
     以下の旅程で車窓に移り変わりいく光景を楽しみながら終着の天理ビルに到着した。

    *博覧館 13時発、256号線を走行、飛騨中山で41号線へ移行。
     中山千里の渓谷美を鑑賞しながら走行
    *飛騨川の大橋を渡り257号線へ移行、舞台峠 14時34分着、小休止後15時発。
    *中津川ICから中央高速へ15時50分進入、恵那山トンネルを約5分で通過。
    *諏訪湖IC17時着、小休止後17時20分発
    *談合坂SA18時37分着、小休止後18時55分発
    *八王子IC19時14分着、16号線をのろのろ走行、八王子バイパスに入り御殿山19時39分に通過、鑓水IC19時40分着、16号線へ移行
    *町田駅20時8分着、一部の客を降ろして横浜へ向け走行、天理ビル20時50分着。

    【旅行時期】2008/10/10~2008/10/10
    【エリア】郡上八幡
    【テーマ】
    【投稿者】早島 潮

    尾白川渓谷(日本名水百選)(by PinkPalmさん)

    八王子
    新宿西口7:40頃発<中央道>談合坂SA8:35〜8:50 韮崎IC9:39=竹宇駒ガ岳神社(770m)---千ガ淵---神蛇滝---不動滝(1100m)--14:00-尾根道コース---駒ガ岳神社-駐車場15:00=蔦木温泉・道の駅蔦木宿(入浴可)15:20〜16:40=小渕沢<中央道>八王子17:56 石川SA18:00〜18:10 調布18:35 新宿19:00頃着
    歩程:約4時間

    【旅行時期】2008/09/27~2008/09/27
    【エリア】長坂・白州
    【テーマ】登山・ハイキング
    【投稿者】PinkPalm

    飛騨高山宵祭(by 早島 潮さん)

    八王子
    平成20年10月9日(木)
     クラブツーリズムの『飛騨高山宵祭と郡上八幡散策とゆとり旅 』に橋田さんと参加し た。
     横浜の天理ビル8:00集合なので指定時間の20分前に行ってみると各社の添乗員がそれぞれの小旗を掲げて参加者の点呼をおこなっている。何時ものことながら、老人が多い。その数ざっと百人あまり。人数が揃った団体から逐次バスに乗り込み出発する。
     我々のグループのバスは定刻の8時に出発して町田へ立ち寄り、ここで待っている人達を拾う。
     横浜8時発、町田8時56分着。朝の出勤時間帯のせいか随分時間がかかる。町田で6〜7人乗り込んできて座席は全て埋まった。44人のグループが形成された。

     以下の旅程でバスは飛騨高山目指して疾駆する。
    *町田9時15分発。八王子ICで中央高速道路へ10時15分進入。
    *談合坂10時30分着、小休止後、10時50分発。
    *諏訪湖IC12時10着、小休止後、12時30発。予約しておいたカツサンドを諏訪湖ICで受け取り昼食として車内で食べる。美味い。
    *松本IC12時10分着、国道158号線へ移行。 
    *平湯へ13時53分着、小休止後 14時20分発。
    *高山市冬頭町の『ひだまりの湯』へは15時到着。早めの夕食を摂り温泉へのんびり入り時間を潰す。16時58分発。
    *高山市役所傍の駐車場17時20分着。宵祭見学の自由行動。市役所20時40分発。                  

     談合坂とは面白い名称なので何かいわれがありそうだと思いネットで命名のいわれを調べてみると次の数説が紹介されていた。
    [1] 近郊の村の寄り合い場所として、この近辺で話し合いが行われた。
    [2] 戦国時代に北条氏と武田氏が和議調停などの交渉ごとをした。
    [3] 武田信玄の娘が北条氏に嫁ぐ際に婚儀の約束事について話し合った。
    [4] この付近にも桃太郎伝説があり、さる、犬、キジが桃太郎の家来になる約束をしてダンゴをもらった。
  • http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail.php?queId=6773847
  •                      

     中央高速道路を疾駆するバスの車窓からは、天候に恵まれて秩父多摩甲斐国立公園の山々、南アルプス国立公園の山々、八ケ岳中信国定公園の山々を緑色や薄紫色に見晴るかすことが出来た。移り変わる光景を眺めていて見飽きない。手元の地図と見比べながら山の名前を解明しようとするがよく判らない。近くの木々には赤や黄色に色づき始めたものもある。

     松本から移行した山間の158号線(野麦街道)ではその昔、飛騨の農家から岡谷の製糸工場へ働きに出た乙女達が難儀しながら越えた冬の野麦峠の悲話などに思いを馳せた。       

     この街道沿いには稲格ダム、水殿ダム、奈川ダムが出来ていて人造の梓湖が水を湛えていた。湖底には幾つ村落が沈んだのであろうか。

    『ひだまりの湯』では昼食弁当に出された飛騨牛の小さな肉片のステーキを賞味することも出来た。風呂場の更衣箱の合鍵にはICチップが埋め込まれていて、財布がなくてもこの鍵で買い物をすることも出来る。田舎の温泉場における人件費節約の知恵と技術革新の浸透振りを如実に実感した。こういう所に最新技術をいち早く取り込んで実用化していくところに日本人の知恵があるのだなと感心もした。

     宵祭は18時から始まるということなので、桜山八幡宮の鳥居周辺目指して歩いた。だが屋台の引き回しのある狭い道筋には既に観光客がひしめいていて自由な身動きが出来ない。目抜き通りの交差する角にある民家の屋根には報道陣のカメラマン達が鈴なりで望遠レンズの放列を敷いていまや遅しと屋台が来るのを待ち構えていた。                                        
     町筋にそれぞれ配置された屋台は合計11台あって神楽台、布袋台、金鳳台、大八台、鳩峰台、神馬台、仙人台、行神台、宝珠台、豊明台、鳳凰台と名付けられている。何れも豪華絢爛な飾りつけが施されていて、日暮れとともに提灯に火が点されて興趣を盛り上げる。

     春の山王祭と秋の八幡祭を総称して高山祭という。起源は16世紀後半から17世紀とされる伝統ある祭である。                                                                 18時になると提灯に明かりが入り囃子や雅楽が演奏され屋台が緩やかに動き出す。その動きは緩慢でテンポの速いリズムの中で生活している都会生活者には異質な世界に紛れこんだような癒しのひと時を味わう気持ちにさせられる。

     京都の祇園祭を真似して発生した地方の祭礼だなとの印象である。高山が飛騨の小京都といわれる所以であろう。                                    祇園祭は京都で昔十分みているので、この祭は初めの動きだけを見学すれば十分だと思った。

     30分程見学して集合場所へ戻ろうとしたが、人混みに遮られて思う方向へ進めない。流れに逆らわずに歩いていると川沿いの屋台店の立ち並ぶ通りへ押しやられた。方向が判らないので、たこ焼の屋台店のお姐さんに区役所はどちらのほうかと聞くと判らないという。
    『地元の人が知らないのかね』と訝しがると
    『うちら大阪からきましてん』と済ました顔でいう。

    注意して観察するとお好み焼の屋台店は広島から出張ってきているようだ。このような祭だけを目当てに全国を渡り歩いている屋台商人のいることを知った。                

     同行の橋田さんともいつしか紛れてしまった。居酒屋にでも入って地酒を飲みたいとも思ったが一人ではつまらない。ひとまず集合場所の市役所まで引き返すことにした。
     人混みから逃れでて市役所まで辿り着くが未だ同行の人達は帰っていない。見渡しても周辺には居酒屋らしき店もコンビニアンスストアも見当たらない。

     観光客のために市役所の手洗いが開放されているので市役所の中へ入ると広い部屋には煌煌と照明が輝き、職員が数人散在していてコンピューターと対峙していた。窓口前には来客用の立派な椅子が何脚も置かれていて、早めに集まった他グループの観光客達が屯し談笑していた。約1時間を椅子に腰掛けたままで無為に過した。

     予定の20時に添乗員が現れた。まだ出発までには40分もある。橋田さんも現れた。近くの「ひだホテルプラザ」のロビーでからくり屋台の展示をみながら時間を過したのだという。  

     からくり屋台を見たくなって「ひだホテルプラザ」へ赴いた。説明を良く読んでみると本物ではなくて、高山工業高校、高山高校、斐太農林高校の三校が共同製作したイミテーションであったが飛騨の匠の伝統を受け継ぐ見事な出来栄えであった。

     このホテル内にはショップひだ小路という店もあってコンビニ並の価格で商品が陳列されていた。地酒とつまみを入手することが出来た。ホテルの品は高いという先入観は払拭された。

     市役所前の駐車場には同行の人達も集まり始め、到着順に市役所の提供する無料のシャトルバスに分乗して大型観光バスが待機している真光(まひかり)駐車場まで送られた。この駐車場の近くには崇教真光(すうきょうまひかり)世界総本山の建物が威容を誇っていた。新興宗教である。

     真光(まひかり)駐車場を20時40分に出発して21時4分に飛騨高見ICに入り高鷲IC21時33分着。山間の道路を走り宿泊先のレインボーホテルに21時50分到着

    【旅行時期】2008/10/09~2008/10/09
    【エリア】高山
    【テーマ】
    【投稿者】早島 潮